維新の道 韮ヶ峠

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維新の道

覚書の解説
文久二年(1862)三月二十四日、土佐の郷士、坂本龍馬は風雲急を告げる時局を洞察し自らの使命を自覚するや決然として土佐を脱藩した二十五日同志沢村惣之丞と、梼原村の那須俊平・信吾父子の家に泊り、翌二十六日那須父子の道案内で宮野々関を破り、韮ヶ峠をこえて伊予の国へ出た。途中泉ヶ峠、長沢村に泊り二十八日船出して二十九日三田尻に着き四月一日目的地の下関白石正一郎方に着いた。
(看板引用)

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