浜口雄幸旧邸

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田野町

元内閣総理大臣
約350年前、浜口家の先祖が、此の付近の「開」部落や奈半利川原の開墾に努めた功により「郷士」となり、数代後には「下士」の身分であるが「上士」の待遇を受ける「白札格」となった名家である。建物も親類筋で「土生岡」に在る二十三士の首領、清岡道之助の旧邸と殆ど同じ典型的な「郷士屋敷」の建て方である。昭和四十七年五月八日、町保護文化財に指定し、昭和五十二年二月末日、浜口家より町へ寄贈されたが痛みがひどくなったので、昭和五十五年(1980)付属建物も同時に復元された。門前にある、「なすことの いまだ終わらず 春を待つ」空谷 この俳句は浜口総理が東京駅で狙撃された昭和五年(1930)の暮れ病床で詠んだもので、俳号の「空谷」とは、出身地の高知市五台山「唐谷」の地名によったものである。
(看板引用)

浜口雄幸旧邸

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