東向奥銅山由来

高知の河川

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梼原町

藩政時代、愛称、山口金婆という大金持ちの老婆がいた。老婆の大金に目を付けた山師が露天掘りを共に始めた。老婆亡き後銅山の神とし祭礼す。屋敷き跡は東向き55番地。明治6年東向き銅山試掘願いを幡多郡石川楠之丞が出す。

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